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大阪地方裁判所 平成2年(行ク)7号 決定

主文

一  本件申立は、いずれも却下する。

二  申立費用は申立人らの負担とする。

理由

第一  申立

相手方が各申立人に対し、平成二年四月一三日付けでした戒告に続く代執行手続の続行は、平成二年(行ウ)第二三の一ないし六号事件の判決が確定するまで、その続行を停止する。

第二  判断

一  道路法七一条一項に基づく除却命令の存在と本案の提起

本件記録によれば、次の事実が疎明されている。

1  相手方は各申立人に対し、平成二年四月七日付けで、各申立人が大阪市北区角田町五二番地先国道一七六号大阪駅地下道東広場内に設置している新聞売店の販売台、新聞、雑誌類その他付属工作物一切(以下「本件販売施設等」という。)を、同年四月一二日までに除却すべき旨を命じた(以下「本件除却命令」という。)。

2  相手方は各申立人に対し、平成二年四月一三日付けで、各申立人が平成二年四月一九日までに本件除却命令に基づく義務を履行しないときは、行政代執行法二条の規定に基づき、本件販売施設等を除却する代執行(以下「本件代執行」という。)をすることになる旨の戒告をした。

3  各申立人は、平成二年四月一三日、当裁判所に本件除却命令の取消しを求める訴え(平成二年(行ウ)第二三の一ないし六号事件)を提起した。

二  事実関係

本件記録によれば、以下の事実が疎明されている。

1  梅田地下街の管理者

梅田地下街は、市道南北線と国道一七六号線が交差する位置の地下に開設された地下道で、昭和一七年一二月一七日に供用開始がされ、道路法(昭和二七年六月一〇日法律第一八〇号)一一条一項、一三条一項、一七条一項に基づき、相手方が管理する道路である。

2  各申立人の梅田地下街の継続的占用等

各申立人は、次の(一)ないし(六)記載のとおり、梅田地下街に新聞雑誌の販売所を設けて長期間にわたり継続的にこれを占用してきており、現在も合計四か所の販売所(各販売所の面積は、それぞれ約三平方メートル程度)においてその営業を行っている。

(一) 申立人野田は、昭和一五年六月ころ、梅田地下街において新聞雑誌の販売業を開始し、現在に至るまでこれを継続している。なお、申立人野田が応召後復員するまでの間は、同人の妻及び妹が販売店を維持していた。

(二) 申立人高畠は、昭和二七年、昭和二四年ころから梅田地下街において新聞雑誌の販売業を営んでいた高畠正之助と結婚した。正之助は、昭和三四年二月に死亡したため、申立人高畠が、正之助の営業を引き継ぎ、現在に至っている。

なお、申立人高畠は、後記のとおり、昭和五八年に大阪市土木局と京阪神新聞即売委員会との間で行われた梅田地下街における新聞の販売についての協議(以下「昭和五八年協議」という。)により、販売場所が一一か所から六か所に削減された後は、申立人仲松と同一の営業場所を一週間交代で使用して営業を行っている。

(三) 申立人仲松は、昭和二七年ころ梅田地下街において新聞雑誌の販売業を開始し、現在に至るまでこれを継続している。なお、申立人仲松は、昭和五八年協議後は申立人高畠と同一の営業場所を一週間交代で使用して営業を行っている。

(四) 申立人浅田は、昭和三五年に斉藤行義と結婚した。斉藤行義の母親は、昭和二四年ころから梅田地下街において新聞雑誌の販売業を営んでいたが、昭和四二年から申立人浅田がその営業を引き継ぎ、現在に至っている。

(五) 申立人高田は、昭和三〇年ころ、姉と共同で梅田地下街において新聞雑誌の販売業を開始した。その後、昭和六〇年からは、申立人高田が営業主体となり現在に至っている。なお、申立人高田は、昭和五八年協議後は申立人阿部と同一の営業場所を一日交代で使用して営業を行っている。

(六) 申立人阿部は、その母が昭和一九年ころ梅田地下街において開始した新聞雑誌の販売業を、昭和三五年に引き継ぎ現在にいたっている。

3  各申立人の梅田地下街の占用に対する梅田地下街の管理者の対応等

(一) 現行道路法施行後現在に至るまでの間において、各申立人が梅田地下街に新聞雑誌の販売台を設け、継続して梅田地下街を使用占用することについて、道路法三二条所定の占用許可がされたことはない。しかし、梅田地下街の管理者は、本件除却命令の発令に先立つ平成元年九月ころ、本件販売施設等の撤去を要請するまでは、各申請人に対してその撤去を求めたことはなく、各申立人は、梅田地下街において公然かつ平穏に新聞雑誌の販売業を営んできた。

(二) 各申立人は、新聞雑誌の保管場所として、大阪市の公有財産である東広場内倉庫を使用している。右倉庫は、昭和三七年ころ大阪市交通局に対して占用許可がされた場所であるが、各申立人がその使用を開始するに当たっては、大阪市土木局長に右倉庫の使用を願い出て、同市交通局運輸部長、梅田駅長とも折衝したうえ、同駅長から鍵を受け取っている。

(三) 昭和四三年ころ、昭和四五年に開催予定であった万国博覧会を控えて、大阪市土木局、曽根崎警察署、梅田駅長等は、梅田地下街の不法占有者を排除してその美化を図ることを検討するようになった。これに対応して、申立人らは、自主的に梅田地下街の美化に向けた協議を行い、販売台の美化、販売時の服装の統一などの方針を決定し、これを、大阪市土木局路政課担当職員にも報告した。

(四) 昭和五七年ころから、梅田地下街における不法占拠者の増加がみられたため、梅田地下街の美化、秩序維持を目的として、曾根崎警察署の指導により不法占拠物件の撤去等が行われた。この際、各申立人らは、梅田地下街の美化に協力しかつ自らの新聞雑誌の販売業を継続することを目的として、京阪神新聞即売委員会を交渉窓口として大阪市土木局との間で協議(昭和五八年協議)を重ねた。右協議の過程で、京阪神新聞即売委員会は、当時梅田地下街に設けられていた各申立人らの新聞雑誌の、販売場所を一一か所から六か所に削減することを提案するなどして梅田地下街の美化に協力する姿勢を示して、各申立人が梅田地下街における新聞の販売を継続することを認めてほしい旨を要望した。これに対して、大阪市土木局の担当者は、各申立人らの新聞雑誌の販売所は道路の不法占有であり、右のような提案がされても、これに対して道路法三二条所定の占用許可を与えるなどこれを正式に認知するための措置をとることはできないとの見解を示す一方で、京阪神新聞即売委員会の右姿勢についてはこれを評価し、右提案は梅田地下街の美化のための一方策であるとして、当面は、各申立人らの営業の継続を黙認する姿勢を示した。

(五) 各申立人らは、京阪神新聞即売委員会の右提案に従い、昭和五八年一一月一日から、その販売場所を一一か所から六か所に削減して営業を続けてきた。昭和五八年協議後後記4(一)の撤去要請に至るまでは、各申立人らと大阪市土木局ないし建設局との間で協議等がされることはなかった。

4  本件除却命令の発令に至る経過

(一) 相手方は、歩行者の通行が輻輳する梅田地下街の整備を図る目的をもって、平成二年二月末の完成を予定して、梅田地下街における歩行者用サインの整備、天井、柱、壁、床の張り替え、照明設備の改修を実施した。相手方は、右改修作業に併せて、梅田地下街の美化を徹底するために、梅田地下街に設けられた各申立人らの新聞雑誌の販売所や、宝くじ売場の撤去を求める方針を決定し、平成元年九月ころから、京阪神新聞即売委員会を通じるなどしてその撤去を要請するようになった。

(二) 右交渉の過程で、相手方は、各申立人が長期にわたり梅田地下街において新聞雑誌の販売業を行ってきたことなどの事情を踏まえて、梅田地下街に面した別紙図面記載の位置に三か所の新聞雑誌の販売場所(売場面積は、約一二平方メートルのものが二か所、約五平方メートルのものが一か所)を設け、そこでならば、各申立人が新聞販売業を継続できるように便宜を取り計らうとの提案をし、現在もその考えは維持している。

(三) このような交渉の結果、宝くじ売場の営業主及び新聞雑誌の販売店のうち二業者は、任意に梅田地下街からの販売施設等の撤去に応じた。

(四) 相手方は、各申立人に対し、文書及び面談によって、各申立人の本件販売施設等の撤去を要請してきたが、各申立人が、任意の撤去には応じなかったため、本件除却命令を発した。

5  本件販売施設等の撤去により各申立人が被る影響

各申立人はいずれも、本件売場における新聞雑誌の販売によって概ね年間九〇万円から七五〇万円の所得を得て生計を維持しているが、本件販売施設等が撤去されたならば、現在の売場において新聞雑誌の販売業を継続することはできなくなる。

しかし、各申立人らが、相手方が提供を申し出ている別紙図面記載の位置に設置される販売場所を利用することにすれば、そこで新聞雑誌の販売業を行うことは可能である。もっとも、その場合、申立人らのほか既に販売施設等を任意に撤去した新聞雑誌の販売業者(二業者)も含めた八業者が、三か所、計約二九平方メートルの販売所を共同で使用しなければならないことや、販売場所が梅田地下街の中央部から地下街に面した部分に移ることに照らして、各申立人の収入は、ある程度減少することにならざるを得ない。

6  梅田地下街における歩行者の通行状況等

梅田地下街は、JR大阪駅、阪神梅田駅、地下鉄御堂筋線梅田駅に直結するとともに、近くに地下鉄谷町線東梅田駅、同四つ橋線西梅田駅、阪急梅田駅が位置することから、これらの交通機関を利用する膨大な乗降客が通行する道路である。また、近くには、阪神百貨店、阪急百貨店、ホワイティうめだ、大丸百貨店、ダイヤモンドシティーなどがあり、買物客の通行も多い。このような立地にある梅田地下街は、大別して六方向から流入する歩行者が交錯する、大阪市有数の通行輻輳箇所である。

三  代執行手続を停止する緊急の必要性について

右に認定したように、各申立人は、現在の売場で長期間(短い者でも約二三年間)にわたり平穏かつ公然と梅田地下街における新聞雑誌の販売業を継続しており、その営業の継続を、梅田地下街の管理者である大阪市長も黙認してきたといえる。仮に本件代執行がされたならば、各申立人らは、右のように長期間継続してきた現在の売場における営業を行えなくなるという不利益を受ける。

しかし他方、本件代執行が行われた場合でも、各申立人が、相手方の提案をいれて、別紙図面記載の三か所の販売所を利用したならば、引き続き新聞雑誌の販売業を営むことは可能である。そして、右販売場所は、大阪市で有数の通行量を有する梅田地下街に面した位置にあるから、新聞雑誌の販売場所として不適当な場所であるとはいえないし、また、販売場所の面積も現在の販売場所の面積と対比して減少するものとはいえない。

これらの事情に照らしてみれば、本件代執行が行われても、各申立人らが引き続き新聞雑誌の販売業を営むこと自体が不可能となるものではないということができ、各申立人が別紙図面記載の三か所の販売場所で新聞雑誌の販売業を営んだ場合にある程度収入が減少するとしても、国家賠償制度が存することも考慮すると、そのような収入の減少をもって、行政事件訴訟法二五条所定の回復の困難な損害にあたるとは評価できない。

したがって、本件代執行手続の続行によって、各申立人らに回復困難な損害が生じることの疎明はないというほかはない。

四  本案の理由について

1  各申立人の梅田地下街の占用権限について

前記認定のとおり、各申立人らは、相手方から道路法三二条所定の占用許可を受けたことがないのであるから、各申立人が梅田地下街の占用権限を有しないことは明らかである。

この点について、本案において、各申立人らは、現行道路法施行以前に道路管理者の承認を得ているとの趣旨に解される主張をしているけれど、前記のとおり、現行道路法施行日である昭和二七年一二月五日以前から梅田地下街に販売場所を設けてこれを継続して使用していると認められるのは申立人野田及び申立人仲松の二名だけであり、仮に、現行道路法施行前において、右二名に対して旧道路法(大正八年法律五八号)二八条所定の占用の承認がされていたとしても、右承認は、道路法施行令施行の日(昭和二七年一二月五日)から三年の限度でその効力が認められるにすぎない(道路法施行令附則三項)から、その余の点について検討するまでもなく各申立人らの本案における右主張は失当である。

そうすると、各申立人は梅田地下街の占用権限を有することなくここに本件販売施設等を設置して使用を継続しているものというほかはない。

2  裁量権の濫用又は信義則違反の有無

さらにまた、前記認定の事実関係に照らしてみれば、本件除却命令が、相手方の有する裁量権を濫用してされたものであるとか、信義則上違法であると評価することもできない。以下説明する。

まず、本件除却命令が相手方の有する裁量権を濫用してされたものであるとか、信義則上違法であるといえるためには、各申立人が長期間にわたり梅田地下街において新聞雑誌の販売業を営んでいたというだけでは足りず、梅田地下街の道路管理者である大阪市長又は同市長から道路の占用許可について専決権限を付与されている者など、道路の占用許可について権限のある者が、各申立人に対して、各申立人において梅田地下街の占用を許可されたものと信じるに足りるような公的見解を表示したというような事情の存することが必要であると解される。しかし、前記認定の事実関係によれば、大阪市長又は同市長から道路の占用許可について専決権限を付与されている者などが各申立人に対して、右のような公的見解を表示したと評価できるような事実はないといわざるを得ない。なお、前記二3(四)のとおり、昭和五八年協議において、大阪市土木局の担当者は、各申立人が窓口にした京阪神新聞即売委員会に対し、当面は各申立人の営業を黙認する姿勢を示しているが、同時に右営業は道路の不法占有によるものであるとの認識を表示しているうえ、本件のような形態による道路の占用は、正式に許可されてもその期間は三年以内に限られる(道路法三三条、同法施行令九条)ことも考慮すると、これをもって、それより三年以上も経過した時期までも、各申立人の占有を適法なものとして扱うとの公的見解が表示されたものとすることはできない。

そして、梅田地下街は歩行者の通行が輻輳する点では大阪市で有数の道路であるから、同所における不法占有物件を撤去してその整備を図るという行政目的には、何ら不当な点もないし、相手方においては、各申立人らが長期間にわたり梅田地下街を占用して新聞雑誌の販売業を営んできたという事実経過を踏まえて、各申立人に新たな販売場所を提供し、各申立人が梅田地下街において新聞雑誌の販売業を継続し得るように便宜を取り計らうとの姿勢さえ示している。

これらの事情に照らしてみれば、本件除却命令が、相手方が有する裁量権を濫用するものであるとか、信義則に違反するものであると評価する余地はない。

3  そうすると、本件除却命令は、道路法三二条一項、七一条一項に適合した処分であり、かつ、これが信義則上違法と評価されるような事情も認められないものというほかはないから、本件除却命令の取消しを求める本案は、理由がないとみえるというほかはない。

五  結論

以上検討したところによれば、本件代執行手続の続行によって、各申立人に回復の困難な損害が生じることの疎明はないのみならず、本案について理由がないとみえるものというべきである。よって、本件各申立は、いずれも理由がないからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 綿引万里子 裁判官 庄司芳男)

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